バランス・スコアカード(BSC)概説
西嶋陽一/TRUソリューションズ


 今日、ビジネスは国際化し、企業間の競争はますます激化している。そうした環境下においては、これまでの財務ベースの評価だけでは、適切な業績評価を行うことが難しくなりつつある。そんななか、現在、多くの企業の注目を集めているのが「バランス・スコアカード(
BSC)」を活用した業績評価手法である。最近では、経営管理の指標として生まれたBSCを、戦略実現のためやITシステムの評価手法として利用するといった試みも、欧米の企業を中心に盛んに行われている。だが、日本国内では、BSCの導入・採用自体がようやく始まったばかりの段階に過ぎない。本稿では、日本の企業が陥りがちな業績評価の問題点を指摘するとともに、“日本型”のBSC活用法を探ってみたい。

・業績評価の課題

 今日、ビジネスのグローバリゼーションが進むなか、多くの企業がさまざまな分野で従来の仕組みやルールの見直しを余儀なくされている。それも、単に業績や効果の評価という結果測定の仕組みを見直すだけではなく、より競争力の高い組織を構築するための事業戦略策定プロセスに焦点を当てる必要に迫られているのである。それを受けて、経済の低迷や、経済・社会のグローバル化、若年層を中心とする価値観の変化、戦略的な経営の必要性、目標管理の形骸化、といったビジネスを取り巻く環境の変化に対応できるように、自社の経営を再度見直そうという機運が高まりつつある。こうしたビジネス環境においては、これまで多くの日本企業が取り組んできた業績評価は、必ずしも有効に機能するとは言えない。

 日本企業における業績評価には、①業績評価基準が成文化されておらず、総合的な評価(いわゆるどんぶり勘定)しか行っていない。あるいは評価基準が形骸化しているため、あいまいな評価しか下せない、②チームや部門を単位とする業績評価体系が多いため、評価結果が個人の人事評価(報酬)に直結しにくい、③財務的な業績評価の基準が売上高、利益などの絶対額であり、投資利益率などの効率指標が少ない──といった特徴があると考えられる。最近、こうした伝統的な業績評価のあり方が問題視され、成果連動型の業績評価による報酬制度の必要性が高まってきている。

 成果連動型報酬制度を確立するためには、可視化できる客観的な業績評価や報酬制度が必要となるほか、経営戦略目標の達成へ向けた合理的な目標管理を実施することが重要となる。つまり、「企業価値創造のための可視的評価」「効率指向の指標採用」「報酬につながる成果連動型の評価体系」を重視した業績評価を行うことが必要となってくる。

 一方、ビジネス戦略や管理面においても、いくつかの問題点を指摘することができる。例えば、戦略とビジョンが共有化されておらず、経営トップ間に戦略についての合意がないばかりか、従業員にも十分理解されていない、または、各戦略目標についての責任者が不明確である、管理制度が戦略から乖離している、といった課題を抱えている企業がある。また、年次予算プロセスが必ずしも戦略(中期事業計画)をフォローしておらず、短期的な業務目標とそれに基づく管理が中心となってしまった結果、元来の戦略が忘れ去られる、という致命的な問題を抱える企業も少なからず存在するのだ。

 このように、ビジネス戦略と整合しない権限規定や人事諸制度の下で、戦略にそぐわない個人目標や、報酬、スキル開発計画などが設定されるといった問題が、依然として解決されていないのである。

 だが、逆にこうした状況を鑑みることによって、成功する企業像を浮かび上がらせることができる。例えば、利益追求・効果追求をより高いミッションとして位置づけ、それを従業員や外部に対して積極的に提示することのできる企業、高いビジョン構想力・事業構築力・システム構築力を持った経営者が手腕を発揮する企業、仕事に取り組む者の能力を引き出して伸ばすことのできる企業、社会的課題の解決に対して積極的な企業など、さまざまな成功要因を挙げることができるのである。

・戦略目標の実現をサポートする「4つの視点」

 業績評価や企業価値を高めるためのアプローチにはさまざまな手法があるが、いずれにせよ、組織が掲げるビジョンに向かって事業戦略目標をいかにして実現するかが重要な成功要因となる。つまり、策定した事業戦略目標を組織内部で共有し、数値的な目標設定とパフォーマンス評価の実践をいかにバランス良く下位部門に展開していくかが問われるわけで、その回答の1つがバランス・スコアカード(以下、BSC)であると言える

 BSCは、トップ・マネジメントが持つ経営ビジョンを実現するための戦略目標を明確化するとともに、その戦略目標を数値化した「財務の視点」で目標を設定する。さらに、それを「顧客の視点」「プロセスの視点」「学習と能力の視点」といった順で、目標実現に向けて因果関係を考慮しながら戦略を策定する。これらを図式化したのが「戦略マップ」と呼ばれるもので、重要戦略をBSCの「4つの視点」から整理し、戦略間の因果関係と、戦略達成のためのシナリオを明確化し、それらを関係者間で共有化するために活用される。

 まずは、戦略や経営方針を明確化し、それを実現するための目標を定める必要がある。この目標をシンプルにまとめるためのツールとしてBSCが適用されると考えてよいだろう。また、BSCの関係書を開けば、必ずと言ってよいほど中央にビジョンと戦略を置いた図が出てくる。つまり、すべての目標は、ビジョンや戦略の実現につながっていなければならないのである。

 例えば、ある会社がビジョンや戦略に沿った目標を設定しようという場合、おそらくその9割以上は「財務の視点」で設定される。説明を単純化するため、ここでは「売上げを伸ばすためには、顧客に対して何をすればいいのか」ということを例にとって考えてみる。「売価が下がれば購入量を増やすことを検討する」と顧客から言われた場合、営業スタッフは「顧客の視点」に販売単価を下げる目標を入れる。そして、それを実現するために製造部門に原価削減を依頼することになるため、製造部門は業務プロセスの変革や改善を通じて原価を下げる努力をすることになる。この目標は「プロセスの視点」に入れられるはずだ。その目標が達成されると販売単価が下がり、その結果、顧客への販売が増えるという因果関係が生まれるのである。つまり、BSCでは、前述した4つの視点間の因果関係が重要なポイントとなってくるのである。この因果関係が正しく作成されていないと、単なる目標管理シートになってしまいかねない。

 また、4つの視点からきちんとした目標を設定し、それを実現することによって必ず戦略や事業目標を達成できるということをシステマティックに明確化する点で、BSCは、担当者の目標をコミットするためのツールとも言える。その結果、顧客満足や業務プロセスを実現するために、従業員の満足度とかスキルアップをどうするかというところに行き着く。この4つの視点の因果関係がきちんと作られていないと、「顧客の視点」や「プロセスの視点」の目標を達成しても、「財務の視点」の目標である売上げが伸びないというケースが出てくるのである。

 繰り返すようだが、顧客に直接触れる機会の多い社員が顧客ニーズをきちんと把握しておかないと、正しい因果関係を確立することはできない。誤った目標を「顧客の視点」の中に入れてしまうと、それが達成できても財務の目標が達成できないということになりかねないのだ。

 このようにしてトップが作成したBSCは、ビジョン、戦略、中期事業計画などの具体的な達成数値目標として組織内に展開されることになる。すなわち、BSCを展開する仕組みは、PDCAPlan-Do-Check-Action)サイクルを取り込みながら、上位から下位の部門や階層に展開されるのである。その際、上位層 が下位層に目標達成のためのコーチングを行うことにより、BSCはコミュニケーションの重要なツールとしても活用される。そして、それに基づく報告を行うことで、PDCAサイクルの「Check」の段階を上位部門が定期的に行うことが可能になり、方針・目標展開が実践されることになる。

 以上のことから、BSCは、業績評価以外に「戦略目標を実現させる考え方」を明確にするフレームワークの機能を備えたツールとしても活用できる。その際、既存のマネジメント・システムの多くが戦略目標実現に向かって展開されているという事実から、BSCはそれらのマネジメント・システムとの整合性を保ちながら展開することになる。

 具体的な例としては、戦略的方針管理や目標管理を補完したり、日本経営品質賞(JQA)のアセスメント基準に代表されるビジネス・エクセレンスやISO9001に代表される品質マネジメント・システムの国際標準モデルに準拠したり、戦略的QCQuality Control)活動に活用したりする方法などが挙げられる。BSCは、戦略目標実現に向けて種々のマネジメント・システムを融合させたり、束ねたりできる、1つの有効な手段であると言えるだろう。

・広がるBSCの活用領域

 1992年、ロバート S.キャプラン、デビット P.ノートンの両氏によって業績評価のツールとして初めて紹介されて以来、BSCはユーザーや研究者の手を経るごとに自己成長し、その活用範囲や可能性を広げてきた。

 そうした可能性の1つとして、中長期戦略を遂行するための計画を具体的に設定し、統制するための経営管理ツールとしてBSCを活用するという手法が今、注目を集めている。組織の経営戦略の共有とその実践に向けた目標展開の過程で、業績評価指標「KPIKey Performance Indicator)」の数を絞り込むことで戦略を明確化し、実行可能な施策に落とし込むためのツールとして、BSCが活用され始めているのである。また、それらの施策を組織全体に深く浸透させたり、戦略の変更に迅速かつ確実に対応できる組織を築いたりするためのツールとして活用されるケースも増えてきている。この場合、単に戦略を明確化して下部組織に伝達するツールとしてではなく、戦略そのものをマネジメントするツールとして活用されている点が特徴だ。

 ほかにも、前出のJQAが提唱する、理想的な企業体系「ビジネス・エクセレンス・モデル」のように、経営品質賞審査基準を具現化するための実践ツールとしてBSCが活用されるケースや、戦略的目標をいかに達成させるかというシナリオ作りを示すための、IRInvestor Relationship)向けのツールとしてBSCが用いられるといったケースも徐々に増えつつある。また、最近では情報システムの構築など、IT戦略プロジェクトの実施における投資効果評価のフレームワークとしてBSCが活用されるといったケースも脚光を浴びている。このように、BSCが適用される分野は大きく広がり、単なる業績評価システムから経営管理システムへと脱皮しつつある。

 すでに各分野で導入・活用が始められているものも含め、BSCの活用法としては以下のようなものが挙げられる。


 ・新たな業績評価システムを構築するためのフレームワーク(会社〜組織〜個人)

 ・顧客や業務プロセス、知的資本などを含む、バランス良い業績評価システム

 ・財務的視点のみでは評価が難しい公的機関や間接部門などにおける業績評価システム

 ・経営戦略共有化と実施のツール(方針展開、戦略目標展開)

 ・IRのためのディスクロージャー・ツール

 ・ITをはじめとする戦略的プロジェクトの投資効果を評価測定するためのフレームワーク

 ・戦略実現を指向する経営品質向上や
ISO9001支援(認証取得支援)
 

・日本型BSCの導入事例

 2年ほど前、ある大学の研究室が国内の主だった企業約1,300社に対してアンケートを送付しBSCの実態を調査したところ、約300社から回答が得られ、そのうち46社が何らかのかたちでBSCを導入している、あるいは導入を検討しているという結果が出た。現在、同様の調査に別の大学が取り組んでいるが、昨今のBSCに対する関心の高さから判断して、BSCを導入・検討する企業の比率は今後大幅に上昇すると推測される。

 以下、日本企業におけるBSCの導入状況を紹介し、BSCの活用の背景と方法を考察してみたい。

 まず初めに、カンパニー制導入に伴う戦略目標の共有化に向けた活用法を紹介しよう。

 光学機器メーカーのA社は、カンパニー制導入直後からBSCの導入準備を進め、半年間でグループ全体の戦略目標の統合に成功し、大幅な効率化を実現した。同社は、199910月にカンパニー制を導入、それに伴う新たな戦略目標の下、コーポレートへの求心力強化が必要となった。そのため、同社の「長期経営計画」とのタイミングも考慮しながら、20004月から9月までの間、計6回の常務会メンバーによる討議を経て全社目標構造についての合意を形成した。

 同社は、3つのカンパニー、4つの支援センター、5つの部門横断テーマからなる12の分科会で個別に戦略構造を固め、財務(金)、ユーザー(物)、プロセス(物)、基礎力()、社会・環境(金)の5つの視点からBSCを作成し、ROAReturn On Assets:総資本利益率)やROEReturn On Equity:株主資本利益率)、キャッシュフロー、顧客満足度といった指標を基に、その年間評価を報酬へとリンクさせる施策を検討している。

 同社がBSCを導入したことによる成果としては、戦略目標が明確化したことと、企業全体と各部門との間にある目標が、より整合性を持つようになったことを挙げることができる。また、トップへの実績報告のポイントが明確化されたことにより、現場スタッフの報告作業の負担が大幅に軽減したことも注目すべき点であろう。

 ちなみに、同社は1995年にTQMTotal Quality Management:総合的品質管理)を導入したものの、トップの方針が明確にされないまま実施されたこともあり、良い成果を挙げることができなかった。そうした経験を踏まえて同社は、BSCを導入するにあたって、戦略のすりあわせに十分な時間を割いたという。それが今回の成功の要因になったという社内の声も聞かれた。

 次に、経営品質向上を目標にしたBSCの活用法を紹介しよう。OA機器メーカーのB社は、国内で最初にBSCを全社展開した会社として知られている。また、JQA認定を目標とするツールとしてBSCを導入しており、「環境の視点」などが付加されている点が特徴となっている。同社がBSCを採用した背景には、1996年から経営フレームとなる運用ツールを模索してきたなかで、最終的にふさわしいツールとして行き着いたのがBSCであった、という経緯がある。

 1999年から2001年にかけて実施された「中期経営計画」の開始タイミングに合わせて、同社は19992月にBSCの導入を決定。その年に一部の事業部で試用し、10月からは間接部門を含む社内51部門のBSCを作成して全社展開を始めた。同社の場合も、上述したA社と同様、財務、顧客、社内ビジネス・プロセス、学習と成長、環境保全の5つの視点を設けており、JQAアセスメント基準の「企業活動の成果」に含まれる4項目と「顧客満足」とを対応させている点がユニークなところである。また、全社的なBSCは設けずに、全社的な共通指標もフリー・キャッシュフロー、ROA、売上げのみにとどめ、そのほかについては各部門単位別に策定しているところも見逃せない。さらに同社では、レビュー・プロセスを半年ごとに開催される業績審議会で行い、短期間目標の実績フォローを事業部に任せて、進捗モニターを本社で行うという、独自の手法が取り入れられている。

 BSC導入の効果としては、①目標に関するコミュニケーションの活性化、②施策実施度の定量化、③トップによる各事業の現状把握、④従業員の活性化、などが報告されている。 なお、BSCの作成プロセスは、①中期経営計画、②戦略目標、③成果指標(業績評価用)、④先行的指標、の順で行っている。また、間接業務を経営トップ支援、全社部門横断、事業部門支援の3機能に分類し、顧客の視点の明確化に有効活用しているという。 今後については、現在の事業部レベルから、さらに部、課、個人へと展開するかどうかは未定だが、グループ企業への導入は現在検討中であり、2004年の中期経営計画のフォローにも使用する予定があるという。

 3つ目のケースは、外資系の会社で本社の方針決定を日本の組織に展開した事例である。ある外資系電機メーカーC社は、ビジネス・エクセレンス向上と方針(目標)展開のフレームとして19997月からBSCを導入している。BSCのオリジナル概念を忠実に展開し、視点間・指標間の因果関係の理解・浸透に長けているのが特徴だ。

 日本でのBSC導入のきっかけは、本社で「経営品質向上プログラム」がスタート、全社的に導入が開始され、日本法人においても導入展開が推進されたことであった。グループ全体で世界的にビジネス・ユニット、リージョン、サイトの上位3階層まで完全導入が行われ、レビュー・プロセスを4半期ごとに設定しながら事業部門やコーポレート(サポート)部門ごとに部・課レベルへの落とし込みが展開されている。

 その成果としては、戦略目標に関する共通言語の構築、実績報告の簡素化と効率化、ビジネス・エクセレンス(同社では欧州経営品質賞のアセスメント基準を採用)の向上などが挙げられる。また、コーポレートと呼ばれる間接部門にもBSCを導入し、間接部門に対する満足度調査を事業部門で毎年実施するなど、顧客重視の経営戦略の明確化に向けた取り組みが行われている。また、ISO90012000年版)のマネジメント・システムにも対応し、事業戦略目標達成へのビジネス活動や、経営品質の向上、品質マネジメント・システムの構築にBSCを利用するなど、その活用法には注目すべき点が多い。


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