F+S Flash
(Vol.167)

賛否両論、話題は尽きないTPPですが、・・・

・外務省:環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉
 ==> http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/

上記URLを含めて情報は山ほどたくさんあるのですが、!多すぎて!
素人に分かりやすく正しく整理された物がどれやら???サッパリですよね。
そんな中、公江さんから文書を送っていただきました。

気になる問題ですので皆様の参考になろうかと考え配信させていただきます。
なお、通常の「F+S Flash」には収まりきらない長文ですので<増刊号>と
させていただきました。

間違いのご指摘はもとより、有益な追加情報等があれば御連絡いただければ
と考えます。宜しくお願い申し上げます。

============================= CONTENTS =============================
【コラム/『TPP問題を考えるために(その1)』】 <寄稿>
  各種情報に対する疑問に少しでも答えるために      公江 義隆
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■=== 【コラム/『TPP問題を考えるために(その1)』】 <寄稿>

                公江 義隆 y-koe@air.linkclub.or.jp
               JUAS/ISC、もとITコーディネータ
                もと武田薬品工業(株)情報システム部長

日本のTPP交渉参加は、10の既参加国の承認を得て、米国の議会承認を
待つ段階にある。今回は、参加の是非の問題ではなく、この問題を理解する
ため、先ず、1)TPP交渉の土俵とルールについて重要と考えられる問題、
次に2)医療・健康保健の問題を中心に非関税問題の捉え方を考えてみる。

1.政府・与党の方針

安倍首相は「拡大する環太平洋地域の貿易から得る恩恵はリスクを上回る。
世界は開放経済に大きくかじを取っている。日本が取り残されてはならない。
日本は米国とともにTPP交渉をリードすべきであり、それは他の地域的な
貿易枠組みの基本的なルールになるプロセスである」、さらに「経済効果だけに
とどまらず、ここに加わる自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった
普遍的価値を共有する国々と共にアジア太平洋地域における新たなルールを
つくり上げ、共通の経済秩序の下に相互依存関係を深めていくことは、我が国
の安全保障にとっても、また、アジア・太平洋地域の安定にも大きく寄与する」
そして「今がラストチャンス」という、経済の視点に加え、これによる
(中国を意識した?)地域の安全保障など将来の国家目標から捉えた重要性・
必要性を謳った。
 http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/statement/2013/0315kaiken.html

本当に実現出来るならよいと思う。
しかし、現実問題として、交渉スケヂュールや現在の日本の実力や性向など
からすれば中々容易ではない課題だろう。
国民にも相当の覚悟が必要になる問題である。そのために政府は国民に
“正直に”情報を伝えて欲しいと思う。

一方、衆議院選挙で掲げた自由民主党の公約には「TPP交渉参加の判断基準」
として以下の事項が掲げられており、首相は内閣としてもこれを守るという。
1)政府が、「聖域なき関税撤廃」を前提にする限り、交渉参加に反対する。
2)自由貿易の理念に反する自動車等の工業製品の数値目標は受け入れない。
3)国民皆保険制度を守る。
4)食の安全安心の基準を守る。
5)国の主権を損なうようなISD条項は合意しない。
6)政府調達・金融サービス等は、わが国の特性を踏まえる。

こちらは国民の日常生活に直結する問題として、「具体的に何について
どのレベルで守るか・守れるのか・・・何についてどこまで譲って何を
どう勝ち取れるか」という今後の交渉結果と、「何についてどこまで具体的に
やる・出来るか」という今後の国内対策とのバランスで結果の決まる問題で
ある。

少し経過を追って見る。
2013年2月の首脳会談で行なわれた日米共同声明の内容(*1)は、
・「全ての物品が交渉の対象とされる」
・「(TPPに参加するということは・・)日本は2011年の「TPPの
 輪郭(アウトライン)(*2)」において示された包括的で高い水準の
 協定を達成していくことになる」
・日米両国には夫々にセンシティビティ分野があることを認識する。
 それらの最終的な結果は交渉の中で決まっていく(予め交渉から除外する
 ことはしない・・・夫々の国にセンシティビティ分野があるから交渉が
 必要なのだ)。
・TPP交渉参加に際し,一方的に全ての関税を撤廃することをあらかじめ
 約束することを求められるものではない(もしそうなら交渉の必要はない)
 と云う、わざわざ文書にすることも無い、極めて当たり前のことが最初の
 2つの項目の内容として書かれている(異例なことだ!)。

さらに、問題は、その後に加えられている、“過去から協議してきている
(=中々決着のつかない?)”とする「自動車」「保険部門」、および
「その他の懸案事項」に関する項目とその表現である。具体的に「自動車」
「保険部門」をわざわざ具体的に明記した奇妙な外交文書だ。
なお、自民党の公約で述べた事項は、首脳会談の議題にはしなかったようだ。

*1:日米共同声明の内容
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/kaidan/s_abe2/vti_1302/pdfs/1302_us_01.pdf
*2:2011年に作られた「TPPの輪郭」の内容:
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/TPP/pdfs/TPP01_07.pdf

2.事前協議で大幅譲歩して交渉カードを失った日本

4月12日、日本の交渉参加に向けた米国との事前協議が、「自動車」「保険部門」
および「その他の懸案事項」について、日本側が全面的に譲歩をする形で
決着した(*3)。米国が日本の自動車にかける関税(乗用車2・5%、トラック
25%)の撤廃はTPPの認める最長期間(10年先)まで引き伸ばせるとした。
その上、その時期は韓国より遅くする(米韓FTA交渉でそんな取り決めが
あったのであろう)、別に、米国車の安全性に関する輸入審査を軽減する
(*)という。

*:日本国内基準適合の証明を書類審査だけで、年間2000台まで現在認めて
 いる「輸入自動車特別取扱制度」(PHP制度)の 台数制限の上限を引き上げ
 るという内容。

また、「かんぽ生命の業務拡大をしないよう」と米国が求めていた保険の問題
では、金融大臣が同日、「かんぽ生命から(ガン保険など)新商品の申請が
あっても認可しない。これはTPPとは関係ない」と閣議後の記者会見で、
子供だましのような説明をした。
 http://www.zakzak.co.jp/society/politics/news/20130412/plt1304121538001-n1.htm

経済産業大臣は国会答弁で「米国に自動車関税を(長期的には)撤廃させると
いう約束を勝ち取った」とおかしな釈明をした。

4月12日、事前交渉妥結後、TPP担当大臣の記者会見では、「遅れて参加した
分だけ、相手の注文も多い、交渉は厳しい」などと、言い訳、弱音とも取れる
正直な発言があった。
 http://www.ustream.tv/recorded/31335619

(参考):ガン保険について
日本のガン保険のマーケットシェアーは、アフラック(米国企業、1974年日本で
事業開始)が8割、また同グループは利益の80%を日本で稼ぎ出している。
因みに同日本法人の2012年3月期の保険金収入は1兆7535億円、支払い保険金は
6210億円である。
 http://www.aflac.co.jp/corp/aflac/aflac_profile.html

なお、従前、米国から求められていた牛肉問題(BSE対策として実施していた
輸入肉牛の条件、月齢20ヶ月以内を30ヶ月以内に緩和)は、首相の訪米に先立ち
2月1日から実施した。

安倍首相は事前協議決着で「我が国の国益をしっかり守る合意であった」と
発言し、「100年の計」を強調した。
しかし、先の共同声明で米側がセンシティブ分野として名前を挙げた生産部門
―つまり「自動車」と「保険」について、TPP交渉参加前に日本は大幅譲歩を
した。一方、日本のセンシティブ分野―農業につては(米国とだけの問題では
ないが)何ら具体的な成果はない。
日本はセンシティブ分野の交渉カードを失ったわけだ。

更に、(米国は米韓を最後に2国間FTAはもうやらないといっていたはずなの
だが、)今回の書簡・返書(*3)には、「“TPP交渉に平行して(2国間で)”
「保険,透明性/貿易円滑化,投資,知的財産権,規格・基準,政府調達,
競争政策,急送便及び衛生植物検疫措置の分野における複数の鍵となる非関税
措置(=首脳会談共同声明のその他の懸案事項を具体的に明記した)に取り組み、
TPP発効と同時に条約発効させる」とある。米国にとっては長年にわたり
要求し、交渉してきた問題に半年余りで決着をつけようと云うのだから、
願ったりかなったりであろう。

*3:「日米間の協議結果の確認に関する佐々江駐米大使発書簡(4/12付)」
 と「日米間の協議結果の確認に関するマランティス米国通商代表代行発返書
 (4/12付)」
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/TPP/

首脳会談の共同声明内容:上記*1の内容と、事前協議の決着後の交換文書:
上記*3の内容を比較すれば、首脳会談時点で既に交渉負けしていたのは明らか
であろう。高い入場料を払ったのは確かだ。
「これだけの譲歩をしてでもTPP交渉に参加する必要とメリット」を丁寧に
正直に説明すべきだったと思う。

これらの経過をみれば、TPPに参加する以外の方策も考えておくべきだと思う。
米国は、韓国を最後に2国間のFTAはしないといいながら、上記のように日米間で
TPPに併行して非関税措置の2国間交渉をやろうといっているし、またEUとの
間でFTA交渉を始めるとの話も聞く。

TPP問題に限らず、昨今、安倍首相の傲慢とも思える言動、国会での挑戦的・
乱暴な答弁が目立ち、友好国からさえ批判が出始めている。丁寧に慎重にことに
取り組んで欲しい。

(参考):米国が日本に求めてきたこと
「2014 年までに米国の輸出を2倍に増やし、国内に200 万人の雇用を創出する」
を公約に掲げるオバマ大統領は日本を参加させたいが、米国内は強硬に反対して
いる自動車業界、労働組合など、日本の参加に賛否様々である。
なお、経済規模から見れば主ターゲットは日本であろう。単純に言葉を裏返しに
すれば、米国からの日本の輸入が2倍に増え、200万人の雇用が失われるという
ことになる。

なお、米国が挙げる対日貿易障壁とは以下のようなものである。
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/TPP/pdfs/TPP03_02.pdf

(参考):規制改革に関する日米協議
1990年代以降、途中で名称の変更はあったが、毎年、規制改革に関する要望が
行なわれてきた(下記URMは在日アメリカ大使館HP)。
 http://aboutusa.japan.usembassy.gov/e/jusa-usj-majordocecon.html

霞ヶ関文学というものがあるらしいが、官僚の作る外交文書の抽象的表現が
具合的に何を意味しているのか、我々一般人には理解するのには難しい面はある。
それを承知で関心ある方はザット目を通してみていただきたい。
「米国の要求がどのようなものなのか」について概ねの感じがつかめると思う。

なお、この20年余行なわれてきた日米構造協議、年次改革要望書・・などの
交渉では、米国の多くの要望に日本は譲歩を重ねて、例えば以下のようなことを
やって(やらされて)きた。一方で日本からの要望は殆ど通っていない。

地方都市のシャッター街化の一因とも言われる「大店立地法」、「持ち株会社
解禁」、「会社法の改定(外資による三角合併など)」、「NTT分離・分割
(国内競争に力をそがれ、通信分野の対外競争力を大きく落とした)」、
「金融監督庁設置」、「時価会計導入」、「確定拠出年金制度」、「(米国産
木材の使用を妨害しているとして)建築基準法の改正」、「法科大学院の設置、
裁判員制度をはじめとする司法制度改革」、「著作権保護期間の延長」、
「労働者派遣法改正(労働者派遣事業の規制緩和)」、「郵政民営化」等など。

<3>TPPの経緯と概要

当初のTPPは、2006年、シンガポール、チリ、ブルネイ、ニュージーランドの
4カ国が関税撤廃を目指した貿易協定であった。この段階では夫々の国の産品は
競合するものは少なく、小さな国が力を合わせて貿易を通じて経済を発展させ
“WIN―WIN”関係を得ようという弱者連合であった。
しかし、2011年にオーストラリア、マレーシア、ペルー、ベトナム、特に米国が
参加して新たな協定を目指した段階で目的やねらいの重みが多様になり、
また参加国相互間の利害関係が複雑になって様相は一変した。当時、菅内閣は
参加を表明したが、政治の混迷と東日本大震災・原発事故で足踏みする中、
その後メキシコ、カナダが参加して現在に至っている。

TPPには、貿易だけで無く、国際交易に関わるほとんど全ての分野・項目が
対象に挙げられている(*4)。関税の撤廃・削減、サービスの自由化、さらに
従来非関税分野(投資、競争、知的財産、政府調達など)といわれてきた
諸問題のルール作りが含まれ、食や健康の安全に対する考え方をはじめ、
各国の固有の文化・価値観に関わる問題が関わってくる可能性が高い。

比較的分り易い問題である関税問題は、農業分野を除けば日本が受けるマイナス
影響はそれほど大きくは無い(日本はゼロ関税分野が多いので、恐らくメリット
のほうが大きい)と思う。農業問題はむしろ国内施策の問題が大きい。

*4:TPPの21の対象分野(内容説明は下記の参考Aの4ページ参照)
1 物品市場アクセス(工業、繊維、衣料品、農業) 2 原産地規則  
3 貿易円滑化 4 SPS(衛生と植物防疫のための措置) 5 TBT( 貿易の
技術的障壁, Technical Barriers to Trade) 6 貿易保護(セーフガードなど)
7 政府調達  8 知的財産権  9 競争政策  10 サービス(越境サービス)
11 サービス(電気通信) 12 サービス(一時入国) 13 サービス
(金融) 14 電子商取引 15 投資 16 環境 17 労働 
18 制度的事項 19 紛争解決 20 協力 21 横断的事項(複数分野に
またがる規制・規則が通商上の障害にならないための規定)

(参考1):協定条約内容の雛形(こんな感じのものだという参考)
 シンガポール、チリ、ブルネイ、ニュージーランドの4カ国で始めた当時の
 協定(P4協定といわれる)の内容の一部が邦訳されている。
 TPP参加国間では、このような項目や内容の改定・作成のための交渉が
 現在行なわれている。
 http://www.maff.go.jp/j/kokusai/renkei/fta_kanren/pdf/p4_3_j.pdf
 http://nihon-jyoho-bunseki.seesaa.net/article/185060428.html

(参考2):政府のTPP情報
 TPPの概要(日本政府の説明): 
 http://www.cas.go.jp/jp/TPP/pdf/2013/130301_setsumei_update-01.pdf

(参考3):全般情報
 http://www.cas.go.jp/jp/TPP/index.html

<4>国民の意識

国民の60−70%がTPP交渉参加に賛成というメディアや大学などの世論調査の
数字がある。しかし、私の知る限り、メディアは農業関係者と輸出製造業関係者
との喧嘩を煽っても全容の解説をしたことはないし、国もまたTPPの項目・
分野毎にメリット・リスク、課題など全容について具体的な説明をしたことは
ない。

話を戻す。国民はどこまで考え、何をもって賛成・反対の判断をしたので
あろうか?

「とりあえず参加してみて、状況・結果次第でやめればよい」と気軽に考えて
のことなら、それは違う。今回のような形で、後発で求めて国際交渉、
特に多国間の条約交渉に参加はしてみたが、「やっぱりやめときます」とは
国際信義上なかなか云えないことである。

さらに、「やってみて問題があれば修正してゆけばよい」と考える人は、
TPPには「やり過ぎたと思っても元に戻す方向への修正は認めない
(ラチェット規定)」という前提があることを認識しているだろうか。

<5>交渉参加で覚悟すべきリスク項目

TPPに参加しなければ将来の日本の国際的立場の先行きは厳しく(と首相は
真剣に思っているようだ)、参加しても交渉で失敗すれば経済損失、さらに
日本のアイデンティティさえを失いかねない瀬戸際の重要な問題でもある。
まず、今から交渉に参加する上での、大きなリスク項目をピックアップして見る。

1)既参加国間の具体的な交渉内容・現況が分らない
既参加国間で何についてどこまで交渉が進んでいるかは、交渉に参加するまで
日本には明らかにはされない。政府は種々なルートで情報収集はしているよう
だが(信頼度の高い詳細な情報の入手は十分には出来ていない)。

2)残された交渉機会・時間は極めて少なく、交渉できる項目・範囲は限定的
今年中に参加国間の合意を得る目標で作業が進んでいるといわれ、全体会合は
後1−2回しかない。また昨年、後から参加したカナダとメキシコには、
「既に結論が出ている問題の蒸し返しはダメ。協議の全体進捗に影響を与えるな。
交渉の途中打ち切りは認めない」など、後発組にとっては厳しい条件(今まで
纏める努力をしてきた当初からの参加国にしてみれば当然の条件)が課せられた
といわれる。日本に対しても同じだろう。現実問題として、下手をすれば日本に
とっては収穫の得られないのみならず、諸外国からは「かき回しに入ってきた」
と国の評価を下げる結果に終わるリスクも無しとはいえない。

注:日本や多くの国では外国との交渉は内閣の専権事項(法律的に内閣の意思で
交渉を開始・進めることが出来る)であるが、米国では通商交渉の権限は議会に
ある。そのため日本とのTPP交渉を始めるには、大統領には “最短”90日を
要する議会の協議・承認が必要となる(協議をギリギリ時点まで引延ばし、
その間にTPPの交渉を米国主導で進め、日本の交渉機会・時間を最小限にして
影響力を排除する戦術も、日本のTPP参加反対の業界や議員のいる米国議会
にはないとはいえない)。

3)交渉途上の内容・関連する検討途上の国内対策の内容は国民には知らされない
国際交渉は最小の譲歩で出来るだけ多くの国益を勝ち取る駆け引きである。
交渉に際して事前に手の内を明かすことは出来ない。政府は「情報は出来る
かぎり公開してゆく」と云うが、交渉途上の内容は相手との関係からも公開出来
ないから、現実問題として、交渉全体がまとまるまで、国民に知らされることは
殆ど無いはずだ。関係する国内対策についても然りである。
 
4)手強い交渉相手と日本の交渉力
米国側の交渉相手は、(まだ行儀のよい?といわれる)国務省や商務省ではなく、
大統領府に設置された通商代表部:USTRである。USTRは機能的には米国の各業界
(族議員?)をクライアントとする法律事務所とも云うべき、弁護士として
有能な戦闘的な集団といわれる(*)。歴代代表のカーラ・ヒルズ(1989−1993)
、ミッキー・カンター(1993−1997)などが、通商法301条(通称スーパー301条)
の制裁条項を振りかざして日本を恫喝し、理不尽な要求を突きつける手強い相手、
悪役として当時、日本の新聞を賑わした。

*:USTRは、米政府の議会通知にあわせ、米国内企業・業界に対し“日本への
 要望事項”の公募を開始した。

<6>TPPの枠組み・考え方に関わるリスク項目

TPP条約内容・締結に関して我々が認識しておくべき重要な法・規定などを
挙げてみる。

1)国際条約は国内法に優先する――不都合ケースを国内法で防ぐことは出来ない
憲法第九十八条には「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する
法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を
有しない」、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に
遵守することを必要とする」とある。つまり、国際条約は憲法に次ぐ位置づけに
あり、国際条約に反する法規や行為は法的に無効なのだ。従って、条約との
整合性を確保するため、関連する国内法規の修正・改廃が必要になる。

また、日本が批准しているウィーン条約(=条約法条約)第27条においても
「当事国は、条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用すること
ができない」としている。

2)条約締結の最終決定は「国会の批准」と「天皇の認証」・・・参院選挙の
 結果如何によらず、衆院の優越から結果的に批准される可能性が極めて高い
条約の批准は国会両院の議決による。衆議院が批准案を可決した条約について
参議院が否決し両院協議会で成案が得られなかった場合、および参議院に送付
されてから30日間議決が行われなかった場合は、(予算と同じく)衆議院の
議決が国会の議決となり批准が承認される(憲法第61条)。その後、天皇が
国事行為(*)として公布を行うことにより国内法上の条約締結手続きが完了する。

TPP参加に賛成の維新の会、みんなの党、賛否の分かれる民主党、最終的には
政府(首相)に従うと予想される与党(郵政のように党を割ってまで反対する
議員は少ないであろう)の議員数から、政府が決めれば結果的に批准される
可能性が高い。

*:天皇の行なう国事行為
憲法第七条「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に
関する行為を行ふ。・・・批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証
すること・・・」

3)ラチェット規定――「やってみてダメだったら直せばよい」は出来ない
ラチェットとは一方向にしか動かないストッパー付きの歯車のことである
(昔の時計など機械式動力のゼンマイ部分には必ず使われていた)。
TPPは通商体制の広範囲にわたり高度の自由化を目指したものだ。そして、
そのTPPにはラチェット規定という、「一旦決めた自由化の水準は不都合が
生じてもそこからの後退は許さない」という規定があると云われる。

例えば「輸入肉問題で新たにBSEが発生した場合でも、米国の要請で緩和した
月齢30ヶ月未満を、日本独自の判断で元の20ヶ月未満に戻すことは出来ない」
といったことが起こりうるし、今後、日本が先行して環境や安全性の基準を
設けることにも恐らく支障が生じる場合が出てくるであろう。

注:今後、むしろ規制強化が必要になる分野も多くある。
今後、安全性や環境、金融分野の一部など、今後、規制を強化してゆくべき
分野も多数あると思う。

目先の業績を重視する経済界や市場は反対するであろうが、今後は経済が
最優先の判断基準ではやっていけなくなるはずだ。TPPには規制強化分野や
課題の議論が併せ必要だ。

例えば、製造年月日を記載することが何故いけないのか、遺伝子組み換えの
表示が何故いけないのか、残留農薬の規制が何故いけないのか、・・・
これらは「売り難くなる・売れなくなる」という経済優先の企業と、安全を
求める消費者・国民との戦いでもある。
企業も国民も国家の一員であるが、明らかに企業寄りに軸足をおく米国政府
に対し、日本政府は軸足をどこにおくのかが問われる。

4)紛争解決ルールのISD条項・・・世銀の「経済基準」で判断される一審かぎり
の調停ISD条項(「投資家対国家間の紛争解決条項」―Investor State Dispute
Settlement)とは、TPP 条約に加盟した国の企業が、相手国の法律や運用が
TPP条約に反して損害を受けたと考えた場合に、相手国の政府を直接訴え、
損害賠償を求めることが出来るというルールである。

このような条約には紛争解決の方法を明確にしておくことは必要であり、
特に法整備の整っていない途上国や新興国との協定や条約には重要になる
(他の条約、例えば日本が締結したFTAなどにもこの種の条項は含まれて
いる)。

TPPでは、これらの紛争解決は世界銀行(*)に属する機関である国際投資
紛争解決センター(International Center for Settlement of Investment
Disputes、ICSID)で行なうことにしている。

ISD条項に基づいて企業(投資家)が相手国の政府を訴えた場合、通常3名の
仲裁人がこれを審査する。内1名は申立て企業の推薦、1名は相手国の推薦、
他の1名は世銀が挙げた数名の候補者から両者が協議して選ぶ。審査は非公開で
行われ、判例の拘束を受けない。
また、審査の結果に不服があっても上訴できない(一審制)。審査結果に法解釈
の誤りがあったとしても、国の司法機関はこれを是正することはできない。

ISD条項の対象とする問題分野もまた交渉次第である。自国に有利になる
分野を対象にし、不利な分野をはずそうとする駆け引きもあるはずだ
(そのような目で見てみれば、米国の関与するものでは、米国に有利に見える
分野が対象に指定されている)。

なお、TPPは全面自由化が大前提である。TPP条約に(例外事項として)
明記のない問題が後日顕在化した場合、自由化を前提に扱われることになる
可能性が高い。

参考:ISD訴訟の結果
企業レベルではISD訴訟の結果で米国と他国で勝敗にはそれほど差はないが、
政府レベルでは米国政府が負けたケースはない(他国の政府の敗訴はかなり
ある)。なお、日本の結んでいる協定・条約で、日本がISDで訴えたことも
訴えられたことも今までにはない。但し日米間ではISDが含まれた協定・
条約はない。

*:世界銀行
第2次世界大戦終結後の先進国の復興と発展途上国の開発を目的とする資金の
供給を行う国際機関として、大戦末期1944年、連合国によるブレトン・ウッズ
(米国)会議で国際通貨基金(IMF)と共に設立が決められ、1946年から
業務を開始した。本部はワシントンにあり最高意思決定機関の総務会では、
出資率に応じた投票権を持ち、米国が第一位で15.85%、次いで日本が6.84%の
票数を持つ。歴代総裁は慣習的にアメリカ人である(IMFはヨーロッパ人)。
なお、日本では新幹線建設などに世界銀行からの借款を利用した。

参考:
従来、世界レベルでの貿易問題では、WTO加盟国は当事国間で解決できない
場合には、WTO(世界貿易機関)の委員会(二審制)へ紛争解決を求め、
「裁定・勧告」と云う形で解決が図られてきた(*)。また、損害賠償などを
求める訴訟は当事国の裁判所で行なわれるのが一般的である。

*:WTO(世界貿易機関)の紛争解決制度:
 http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/wto/funso/seido.html

注:自民党の公約、「国の主権を損なうようなISD条項は合意しない」は、
「ISD条項=そもそも主権を損なうもの」という考えなのか、
「主権を損わない内容にISDの対象や内容の変更を交渉する」ということ
なのか、曖昧な日本語表現だ。

5)内国民待遇
このようは対外交渉では内国民待遇という言葉がよく出てくる。これは外国企業
・外国人を国内企業・国民と差別なく同等に扱うということである。
これはWTOなどでも基本的な考え方でもある。
これまでも外国企業の投資に対して、日本側にあからさまな排他的行為のケース
があったりした事実がある。その意味でこれは一見公正な規定に見える。

しかし、例えば、地域活性化のための公共事業をその地域の企業に限定して
発注することはできない(東北の復興事業を米国企業が狙っているという噂も
あるらしい)など、国が特別な必要性から行なう、
或いは排他する施策の実行に支障をきたす可能性もある。
行政指導や重要事項を省令などで対処している現在の方法の見直しが必要だろう
(これはいいことかも知れない)。

異なった文化、価値観、倫理観、種々な面の格差や違いを有する国家・国民の
間の垣根を全く失くすことは事実上不可能であるし、垣根は低いほど良いと
いうことではない。グローバル化の限界の見極めが必要になる。
最適点は“ほどほど”の点――中庸にあるはずだ。

参考:
例えば、日米年次改革要望書に基づく協議では、日本の法律の英文化の求めも
ある(*)。グローバル化対応として必須事項・日本のメリットにもなると
いう人もいるし、何もそこまで・・と云う人もいる。英語を国際共通語と
とらえるか、米国・英国などの国語と考えるか、内国民待遇と云う観点からは
どう考えるべきだろう。

*:日本法令の外国語訳について――日米関係者間の協議文書の一部
「2006年度から2010年度までの翻訳整備計画により、約440本の法令が翻訳
されることとなっている。日本国政府は、2009年4月末までに約260本の法令を
英語に翻訳しており、新たに立ち上げた日本法令外国語訳のウェブサイト:
(http://www.japaneselawtranslation.go.jp)において、翻訳法令に関する
情報提供を開始した。日本国政府は、今後とも継続して、重要な法令を
適切な時期に翻訳していく所存である」とある。

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